日本のパンの歴史 1 長崎から
はじまりは縄文時代
日本の記録に残るパンの歴史は、山形県・押出(おんだし)遺跡(縄文時代前期,約5000年前)から出土されたクッキー状の炭化物を残存脂肪酸分析法で分析したところ様々な材料に野生酵母を加えて発酵させていたことがわかっています。 酵母を利用して発酵させた食品ですが固い保存食のような食品だったようです。
出土品 縄文クッキー http://okibun.jp/cookie/
https://www.brh.co.jp/publication/journal/021/ss_2.html
パンの伝来とキリスト教
パンらしいパンは、天文12年(1543年室町時代)、種子島に漂着したポルトガル船により、日本に初めて鉄砲とパンが伝来しました。日本語のパンは、ポルトガル語pão由来の単語です。
1571年(戦国時代)長崎にポルトガル船が勝手に入港してきた、元々中国などから船が来ていたが、大きな船の入港にびっくりしたようです。のちにキリスト教の布教が、織田信長により許されイエズス会の宣教師たちの布教活動とともにパン食の普及も始まりました。 自分達と儀式のために、パンとぶどう酒が必要でした。最後の晩餐でキリストは、弟子たちにパンを私の体、ぶどう酒を私の血と思い食べなさいと言われたと伝えられています。その後キリスト教の宗教儀式に使われ、パンとぶどう酒は、布教、生活に不可欠なものとなりました。そのためにパンは、宣教師の指導のもと日本で作られ製法も伝わりました。主にパンを必要としていたのは日本人ではなく、来日する宣教師や貿易商人たちだったそうです。当時の長崎や平戸では、パン作りが盛んだったそうです。こうして一旦は、日本に伝えられたパンですが、1587年(安土桃山時代豊臣秀吉による)のバテレン追放令によるキリシタン弾圧や鎖国令の施行によって、パン作りは、長崎の出島以外の日本からしばらく姿を消すことになります。