日本のお菓子の歴史 1 縄文から弥生時代
縄文時代は、暖かだった
日本のお菓子の歴史は、縄文時代(紀元前15,000 ~ 紀元前750)が始まりと言われています。(メソポタミア〜エジプト時代にあたります) この時代は、氷河期が終わり、地球が暖かくなった時代で、北海道にも縄文遺跡があり温暖な気候であったことがわかっています。6000年前には、最高温期になり東京が沖縄くらいの気温だったようです。その後現在まで寒冷化、乾燥期の時代だそうです。 (太陽活動の周期による影響です)
縄文時代の食べ物
縄文式時代は、気候も良く食物が豊富で狩猟、食物採取、魚獲り、にて食事を取っていたと考えられています。しかし、後期の頃は、農耕中心の生活でコメを蒸して乾燥させたほしいい(干し飯、糒)、焼米、米の粉、豆の粉のほか、どんぐり団子、餅や飴などを食べていました。飴といっても、米を発芽させた米もやしに含まれる糖化酵素の力で米のデンプンを糖化して作られたどろっとした水飴に近い物だったようです。とても貴重なものだったようです。諸説ありますが稲作は、およそ3000年前縄文時代中期頃から行われたようです。
秋田の三内丸山遺跡(約5500年前~4000年前の集落跡)では、栗、くるみ、トチの木などを植林、エゴマ、ごぼう、豆などを栽培して狩猟と合わせて持続可能な社会を作り上げていたと言われており近年注目を浴びています。
縄文クッキーは、栄養学的に完全食に近い保存食だったそうです。
詳しくは、こちら https://www.brh.co.jp/seimeishi/journal/021/ss_2.html
弥生時代は、稲作のはじまり
弥生時代(紀元前3世紀~ 後3世紀頃)は、稲作を中心とした生活になりました。遺跡からは臼(ウス)と杵(キネ)が遺物として見つかっており、餅が弥生時代から食べられていたことは学問的にも確実なようです。
どちらの時代もお菓子そのものと言えるような物は、ありませんでしたが甘い物は、お菓子の原点です。糖分を体が、必要とするという本能から、長い年月を掛けて工夫と偶然により甘さを感じる食べ物を作り出してきたのではないかと思います。